山崎屋食堂(三浦)

近頃は観光客向け飲食店よりも

地元に愛される隠れた名店の発掘に余念がない。

観光プレミアムが削げ落ち

価格は非常にリーズナブルで

何より美味い。

その土地の風土を味わうには絶好の場所だ。

 

三浦縦貫道「林 IC」を下りて「三浦縦貫道林入り口」を左折

そのまま県道26号に進み

「油壷入り口」交差点を右に折れるとすぐに

「山﨑屋食堂」の文字が眼に飛び込んでくる。

お昼時を少し過ぎていたせいか

3台ある駐車場は空で人の気配はない。

風に吹かれる暖簾の藍色が鮮やかで

車を出ると煮汁の香りがそこら中に立ち込める。

ランチ営業(11:00~14:00)のみのため

中々来ることが出来なかった名店。

扉に手をかけ暖簾をくぐると

優しい笑顔の店主と女将が迎えてくれた。

整った髪型にキッチリと着込んだコックコート

清潔感あふれる上品な佇まいから

料理への期待が一気に高まる。

小上がり席を横目に

カウンターの角に腰を下ろし

メニューボードを見上げると

カレーやラーメン、焼うどん

それに刺身定食など幅広い。

三浦に来たからにはマグロの刺身を外す理由はなく

もう一品のチョイスに時間をかける。

焼きか、煮か、あるいは香ばしいサクサクのフライを攻めるか…。

迷った挙句

駐車場の香りの記憶が背中を押し

「銀だら煮つけ定食」をお願いした。

注文が入ると

店主と女将の動きが忙しくなる。

長年のやり取りで築き上げられた阿吽の呼吸に

もはや言葉は必要なく

厨房からこぼれる調理の音が心地よい。

それぞれの仕事を手際よくこなしていく様は

丁寧で無駄がなくスマートだ。

カウンター席の醍醐味の一つに

厨房という景色を眺める贅沢がある。

待ち時間は楽しく、ワクワク、飽きがこない。

しばらくすると

カウンターに定食盆が2つ並び

女将が小鉢を置いていく。

最後にメインの刺身と煮つけが

店主から女将に手渡され

お盆の中央に据えられた。

カウンターから出た女将は

その細腕で2つのお盆を同時に持ちあげ

優しい声で「おまちどうさま」。

…眼下に絶景が広がった。

1980年代

フレンチシェフ三國清三が出版した料理写真集は

俯瞰撮影を駆使したものだった。

テーブルに運ばれた料理が美しいと

いつもその写真集を思い出す…。

マグロの鮮やかな紅色はミオグロビンで

酸化が進んでいないことを示し

細胞と細胞の間隙は脂肪組織で埋められている。

器に並ぶすべてが中トロだ。

口に運ぶとすぐに溶けていく個体の感触と複雑な味わいに

洋ナシの香りがするキレのある日本酒を合わせたい。

小鉢のトロトロ大根

絶品の自家製たくあん

味噌汁の具材は提供直前に投入され

透き通る大根は美しく甘い。

加えて彩鮮やかなサラダも定食に華やかさを添える。

口の中いっぱいに広がるトロマグロを楽しみつつ

香の物で味覚をリセット、煮つけに箸を伸ばす。

黒ムツを彷彿させる濃厚な味わいに

歴史を感じる秘伝の煮汁が溶け込み声も出ない。

伊豆煮風の甘辛ダレは非常に濃くうま味をたっぷり含んでいる。

目を閉じて噛み締めたくなる味わいに

慌てて白飯をほうばった…。

旬の食材の味をさまざまな手法で引き出す店主の業

地産地消を見事に表現したその定食は忘れられない一品となった。

三浦は

大根・キャベツなどの特産品を有し

海の幸も豊富で美味い。

温泉と飽きのこない美景は無敵。

三浦一族の栄枯盛衰に思いを馳せ

そのポテンシャルに心が震えた。